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ヤンクミ

私は、子供の頃から厳しく育てられました。
ピアノも手を叩かれたり、皆が辞めていく中で続けていました。
泣きながら、親に訴えたけど、聞いてもらえなかったのです。
それから、泣くのを止めて、自分で歩きだしたのです。

「やんくみ」みたいな育てられ方でした。

小学生の時に教師に立たされたりしました。
だから、中学では英語テストで満点。
生徒会に立候補の友人の応援演説。
学級委員長。
合唱コンクールの伴奏。

懸命に頑張った。
辛く無かったと言えばウソになる。
でも「辛い」って考える時間も無かった。
それだけ、体力も気力もあったのかもしれません。

大学で親が引越を手伝いながら、湘南・藤沢街道を車で走っていました。
その時、暴走族に囲まれました。
正に、暴走族の中心で走っていました。

そして、頻繁に周りに事件が起こりました。
事件の原因までは正直わかりません。
ただ、ただ、その時は悲しくて、泣きました。

だから「強くなりたい!」「誰かを守れる人になりたい!」と思ったのかもしれません。

私は、実父から5発殴られました。
私は、警察に父親を差しだしました。
警察は「すぐ牢屋に入れることも出来る」と言いました。
しかし、それはしませんが、もう会わない事を伝えて下さいと警察官に言いました。

薄情な子供と言われればそれまでです。
しかし、私自身全治一か月の怪我を負いました。
今も、頬や左の筋が痛みます。

昔の田舎のやくざと現在のやくざとは違います。
私自身がただ、感じた事です。

別に父親を恨んでいる訳でもありません。
父親とも電話では、その後色々な話はしています。
今、住んでいる所も父のものです。

今はネットが出来れば、文章を書く事で伝わる事もあります。
DNAは嘘をつきません。
実子だから、理解できる事もあります。
会って慰め合うだけが全ての解決にはならない事を、父は知っていたのじゃないかと思います。

そして、いつも人の面倒ばかりみていた、地頭が良い父がやっと自分の好きな事を出来た最後だったのかもしれません。
そして、自分が出来なかった事を私に託したとも言えるかもしれません。
親がおおきければ、おおきほど、超える壁は高くなります。
辛く無かったかといえば、嘘になります。
正直、当時は死にたい位辛かった。
でも、守りたいことがあったから、ふんばった。

でも、私達がそれをちゃんと、公表しないと下も付いてきません。
父親から教わる部分もあります。
ただ、ひたすらに暴力で解決するのは健全じゃないし、私はそういう薄汚い事は嫌いです。

だから、行政書士を目指したのもあります。
身体で戦うか、頭で戦うかの違いです。


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