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しわす。。。

師走ですねぇ(。>ω<。)ノ
皆走っているのでしょうか?!

私は、5月に同市内から引越ました。
それまでは、本当に仕事の事や勉強の事、調べものに追われていました。

しかも、引越してすぐに赤信号で停止中に後ろからぶつけられて、病院通い。
医師には「もう少しまともに歩けるようになるから」と言われていました。
でもね、その時って足に感覚が無い位、酷かったので幾ら歩いても痛みも感じない位でした。
だから、自分の足なのに「自分の足じゃない感覚」だったな。
(ゆえに、感覚がなかったので活動出来た分もあります)

そして、身体が治らないと分かったので、実父が所有したマンションに撤退しました。
しかも、引越が決まってから、地震で夜も眠れない、引越作業も中断。

「ひぇーこわいよー(つД`)ノ」と4月5月は、ほぼ夜も眠れない状態でした。

ここは、福岡県なのですが、東日本大震災の時には静岡県に住んでいまいた。
幸い、静岡県は被害が無かったのですが、横浜に住む大学時代の友人がコンビニに。。。
「パンが無い(;д;)」
「懐中電灯が売り切れ( ノД`)」 

という事を聞いていました。


それなので、家族も静岡なので 「何かあったら1人で避難しなければ(・ω・`彡 )з」という事で、こちらでカンパンを買ったりしていました。



懐中電灯を買ったり、非常食を買ったりと多分1人で張りつめていたと思う。
買にいっている最中、知らない人が「そんなのイラナイのじゃない?」みたいな目で見られました。


それでも、やはり1人で住んでいて震災だけは家に閉じこもっていても避けられないのです。
福岡は地盤が安定していると聞いて住んだのですが、揺れる揺れる(´д⊂)
今だから言えるけど、本当「直下型が来たらどうしよう!」と本気で思っていました。

静岡県は生まれてからずっと「東海地震が起こる」と言われる位、地震の回数も多く、避難訓練とかもメチャ厳しい土地柄でした。
防災ずきんは学校で必要とされていました。
それほど、防災対策の県でもありました。

更に9月に父が亡くなり、急ぎでやるべき事をしらべたりもしていました。

母1人、子1人になったので「しっかりしなくては!」という想いでした。

大体、主な事が片付いて、どっと疲れが出ました。

まだ、段ボールだらけで、家具とか何も揃っていません。
実母からも「家具を買いなさい」と言われましたが、折角買うものはちゃんと納得して長く使いたいと思い、まだ買っていません。

静かで、とても良い所なので、ゆっくりじっくり、自分のペースでお片付けしていこうと思いまいた。




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